宮下建設工業の歩み

  1. 会社の設立、作業手段
  2. 家庭・家族について、友人との出会い作業手段
  3. 社屋完成、社名の変更
  4. 仕事の移り変わり、県知事賞受賞
  5. 箱物への展開と自信、社内の充実
  6. 総合建設業への躍進、地域社会と共に

総合建設業への躍進、地域社会と共に


望岳荘高齢者憩いの家
平成の年号になってから今日までの当社は、順調に成長してきたと考えている。土木・建築そして南信随一、県下でも有数の建設用石材保有企業としての太い骨子の基、売上高も10億円を超え、平成4年度には12億円を見込める企業になれた。創業当時から思えば想像できない程の事である。
土木業に至っては、平成元年、復旧治山事業第70号工事にて2年連続の県知事賞受賞となった。私自身2年連続の受賞には驚きもあったが、より大きな自信となった事は言うまでもない。同年中川村より団体営土地改良総合整備を、また伊那建設事務所からは、地元道路整備事業を請負うなど、大型公共事業を元請け出来るまでになった。

建築業では、中川村社会体育館新築工事を始めとし、中川西小学校体育館建設(伊南建設企業体)・中川ショッピングセンター建設・高齢者憩いの家建設・デイサービスセンターいわゆり荘建設(サンポーさんと共同企業体)など地元の大きな箱ものを請負うまでになり、当社の大きな実績となった。


ふれあい公園
余談であるが中川ショッピングセンターの裏に、親水公園を兼ねたパターゴルフ場を建設した際、当社のアイデアで水路の石積に関して石の色を変えて組上げてみた。色と言っても自然石の色をそのまま活用している。水面は見る角度によってさまざまな色合いを見せてくれる。気づく人は少ないかも知れないが、これからの建設業にとってちょっとした工夫・アイデアは必要ではないかと私は思う。
そして、宮下建設工業は今まさに総合建設業としての大きな一歩を踏み出したばかりである。

中川ショッピングセンター「チャオ」
中川ショッピングセンター「チャオ」
私は常に地域社会と密着した企業をと考えている。これは仕事面だけであってはならないと思っている。
あれは現在の資材管理センターを建設した頃の事だったと思う。昭和58年に災害があり、復旧工事が一段落ち着いた頃センターの建設をしたのだが、周囲の方々から「あの復旧工事で儲かったから大きな管理センターが建てられたんだ」という声を耳にした。別に耳を傾ける必要もなく、放っておけば良いのであるが、何せ狭い地域・小さな村である。少しでもこの会社のことを理解してもらうことが大切である。企業として地域行事に参加・協力する事が地域発展・活性化にもなり、また会社の発展にもつながっていくと信じている。




  1. << 箱物への展開と自信、社内の充実
  2. 総合建設業への躍進、地域社会と共に

ページの先頭へ戻る